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東京地方裁判所 平成10年(ワ)3851号 判決

原告

田中和夫

ほか三名

被告

中津留和美

ほか一名

主文

一  被告中津留和美は、原告田中和夫に対し、金九四三万二三一一円、原告萩原節代、原告田中一郎及び原告米澤博子に対し、各三九〇万四二六九円及びこれらに対する平成九年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告全国市町村職員生活協同組合は、原告らの被告中津留和美に対する判決が確定したときは、原告田中和夫に対し、金九四三万二三一一円、原告萩原節代、原告田中一郎及び原告米澤博子に対し、各三九〇万四二六九円及びこれらに対する平成九年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、三分の一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告中津留和美は、原告田中和夫に対し、金三〇一六万三四四八円、原告萩原節代、原告田中一郎及び原告米澤博子に対し、各一〇〇五万四四八三円及びこれらに対する平成九年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告全国市町村職員生活協同組合(以下「被告組合」という。)は、原告らの被告中津留和美に対する判決が確定したときは、原告田中和夫に対し、金三〇一六万三四四八円、原告萩原節代、原告田中一郎及び原告米澤博子に対し、各一〇〇五万四四八三円及びこれらに対する平成九年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、路上を走行していた普通乗用自動車が、同一方向に進行する歩行者を後部から衝突して死亡させた交通事故について、被害者の夫及び子らが、加害車両の運転者及びその運転者と自動車共済契約を締結していた協同組合に対し、民法七〇九条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実

1  次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した

(争いがない)。

(一) 発生日時 平成九年三月七日午後九時三六分ころ

(二) 事故現場 宮城県玉造群鳴子町字車湯三二番地の二

(三) 加害車両 被告中津留和美が運転していた普通乗用自動車(宮城五三ろ六六一二)

(四) 被害者 田中久子

(五) 事故態様 被告中津留和美は、加害車両を運転して事故現場を走行し、歩行していた田中久子に衝突した。その結果、田中久子は死亡した。

2  相続

原告萩原節代、原告田中一郎及び原告米澤博子、田中久子の子であり、他に子はいない。また、田中久子が死亡した当時、原告田中和夫は、田中久子の夫であった。(乙七、八、弁論の全趣旨)

したがって、原告らは、田中久子が被告らに対して取得した損害賠償請求権を、原告田中和夫において、二分の一、その余の原告らにおいて、各六分の一の割合で相談した。

3  自動車共済契約

被告中津留和美は、被告組合との間において、次の内容の自動車共済契約を締結した(争いがない)。

(一) 被共済者 被告中津留和美

(二) 被共済自動車 加害車両

(三) 共済期間 平成九年一月一〇日から平成一〇年一月一〇日

(四) 対人賠償 加害車両の使用に起因して他人の身体を害することにより、被告中津留和美が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を被告組合が、金額無制限でてん補する。

(五) 共済金の請求 被告中津留和美が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被告中津留和美と損害賠償請求権者の間で、判決が確定した時は、被告中津留和美は、被告組合に対して共済請求権を行使することができる。

4  責任原因

被告中津留和美には、本件事故を発生させた過失があるから、民法七〇九条に基づき、田中久子が被った損害を賠償する義務がある(争いがない)。

5  被告中津留和美の無資力

被告中津留和美は、無資力である(争いがない)。

6  自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)からの支払

原告らは、本件事故の損害賠償として、自賠責保険から、三〇〇一万七四一二円の支払を受けた(争いがない)。

二  争点

逸失利益、慰謝料を中心とした損害額全般

第三争点に対する判断

一  入院関係費(請求額一万二六六二円) 一万二六六二円

田中久子は、本件事故による入院関係費として一万二六六二円を負担した(甲六、弁論の全趣旨)。

二  葬儀費用(請求額七四九万三九五二円) 一二〇万円

原告らは、田中久子の葬儀関係費及び墓碑建立費として合計七四九万三九五二円を負担した(甲八の1・2)。このうち、本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費及び墓碑建立費としては、一二〇万円を認めるのが相当である。

三  逸失利益(請求額四五九〇万七六九五円) 二八一三万〇三六九円

1  証拠(甲四、乙七、八)によれば、田中久子は、昭和四年四月一九日生まれで、師範学校を卒業した後、小学校の教員をしていたこと、本件事故当時はすでに退職し、夫である原告田中和夫とともに、長男である原告田中一郎の家族と一緒に生活をして、奉仕活動やボランティア活動などの社会運動を忙しくしていたこと、教員を退職後は、公立学校共済組合から共済年金の支給を受け、その額は、平成七年四月以降、年間三三二万二二〇〇円であったこと、原告田中和夫は、土地家屋調査士としての仕事などをしており、その収入は、田中久子が支給を受けていた年金よりも高額であったことが認められる。

2  家事労働分について

弁論の全趣旨(被告らは、共済年金の金額が高額であるので、家事労働を考慮にいれるべきではないと主張しており、むしろ、家事労働をしていたことは否定していない。)によれば、田中久子が家事労働をしていたことは否定できない。しかし、田中久子が、長男の家族と同居し、忙しく社会運動をしていたことに照らすと、同居家族の手伝い程度の家事をしていたと推認するのが合理的であり、本件全証拠によっても、同居家族のために、主として家事労働に従事していたとまでは認めるに足りない。

ところで、本件事故に近接した平成八年簡易生命表によれば、六七歳の女性の平均余命は一九・八二年であるから(当裁判所に顕著)、田中久子は、少なくとも、本件事故時から平均余命の約半分である九年間は、家事労働に従事したものと認められることができる。もっとも、田中久子の年齢、推測される家事労働の内容及び程度を総合すると、田中久子の家事労働を金銭評価するとしても、原告らが主張する二八四万二三〇〇円(平成八年賃金センサス産業計・女子労働者・学歴計の六五歳以上の平均賃金である年間二九七万一二〇〇円を上回らない額)の二〇パーセントに相当する五六万八四六〇円とするのが相当である。そして、田中久子が、年間三〇〇万円を超える共済年金の支給を受けていたことからすると、これによって、田中久子の生活費は十分賄われていたということができるから、家事労働分の逸失利益の算出に当たっては、生活費を控除しないのが相当である。

これに対し、被告らは、田中久子は、同世代の女子の平均賃金を上回り、同世代の男子の平均賃金と遜色ない金額の共済年金を支給されているから、家事労働に対する逸失利益は否定されるべきであると主張する。しかし、田中久子が家事労働をしている以上、まったく金銭評価をしないのは相当でないから、被告らの主張は理由がない。

3  共済年金について

田中久子の本件事故当時の年齢及び六七歳の女性の平均余命に照らすと、田中久子は、少なくとも、本件事後一九年間は共済年金の支給を受けることができたと認めることができる。そして、この年金額が平成八年賃金センサス産業計・女子労働者・学歴計の六五歳以上の平均賃金を上回ることに照らすと、田中久子が長男の家族と同居していること、夫である原告田中和夫が、この年金額を上回る収入を得ていることを考慮しても、少なくとも、四割は生活費として費消するものと推認することができる。

これに対し、被告らは、共済年金が、高齢になるにつれて生活の安定が損なわれることを防止することを目的にするものであることに鑑みると、平均余命の後半約二分の一の期間は、すべて生活費に充当されると考えるべきであるから、逸失利益を認めるべきではないと主張する。なるほど、高齢になるにつれて生活の安定は損なわれやすくなり、共済年金がこれを防止することを目的とすることは否定できない。しかし、田中久子の年金額が、共済年金としては高額であることに照らすと、これがすべて生活費に費消されるとまではいえない。したがって、被告らの主張は理由がない。

4  以上を前提にして、共済年金分については、四割の生活費を控除し、家事労働分及び共済年金分のいずれにおいても、ライブニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除し、田中久子の逸失利益の現価を算出すると、次のとおり、家事労働分として四〇四万〇四九九円(一円未満切り捨て)、共済年金分として二四〇八万九八七〇円(一円未満切り捨て)の合計二八一三万〇三六九円となる。

家事労働分 568,460×7.1078=4,040,499

共済年金分 3,322,200×(1-0.4)×12.0853=24,089,870

四  慰謝料(請求額三〇〇〇万円) 二二〇〇万円

1  証拠(甲二の1・2、乙三、六)によれば、本件事故の態様について、次の事実が認められる。

被告中津留和美は、自宅で缶ビール三、四本程度の飲酒をし、加害車両を運転してコンビニエンスストアへ買い物に出かけた。買い物を済ませた後、時速五〇キロメートルほどで加害車両を運転し、事故現場付近に差し掛かった。事故現場付近は、時速三〇キロメートルに速度制限がなされていた。被告中津留和美は、前方の街路灯に気を取られて漫然と走行したため、車道外側線付近を同一方向に走行していた田中久子を前方約六メートルまで接近して初めて発見した。しかし、ブレーキ踏む間もなかったため、加害車両左前部を田中久子に衝突させ、約一八メートル前方に転倒させた。田中久子は、脳挫傷、頭蓋骨骨折、右下腿骨骨折、右側頭部・両手・両アキレス腱部挫創の傷害を負い、本件事故後約三〇分を経過した平成九年三月七日午後一〇時五分に死亡が確認された。

この認定事実によれば、被告中津留和美の過失の内容は、速度制限を二〇キロメートル上回る速度で飲酒運転をした上、前方注視を怠って、漫然とそのままの速度で走行して本件事故を発生させたことであるということができる。

2  この事故態様(飲酒運転の上、速度制限を二〇キロメートルほど超過する速度で、歩行者に後方から衝突した点は重視せざるを得ない。)及び過失の内容、田中久子の受傷内容、死亡までの経過、年齢などの事情を総合すると、本件事故による慰謝料としては、二二〇〇万円を相当と認める。

五  損害のてん補

1  自賠責保険金

原告らは、自賠責保険から、三〇〇一万七四一二円の支払を受けたので、一ないし四の損害合計額五一三四万三〇三一円から、この受領金額を差し引くと、損害額の残金は二一三二万五六一九円となる。

2  遺族共済年金

原告田中和夫は、田中久子の死亡に伴い、平成九年四月一七日、遺族共済年金として、同年四月から年間一三八万七〇〇〇円の支給を受ける旨の決定を受けた(甲七、弁論の全趣旨)。これに基づき、本件口頭弁論終結時である平成一〇年九月三〇日までに合計一八四万九三三二円の支給を受けた(争いがない)。

ところで、不法行為の相続人が取得した債権につき、損益相殺的な調整を図ることが許されるのは、当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られるところ、地方公務員等共済組合法(以下「共済組合法」という。)に基づく遺族共済年金について、既に支給を受けることが確定した分は、現実に履行された場合と同視し得る程度に存続及び履行が確実であるということができるが、支給を受けることがいまだ確定していない分については、そのようにいうことはできない(最高裁判所平成五年三月二四日大法廷判決(民集四七巻四号三〇三九頁))。

遺族共済年金の給付は、給付事由のなくなった日の属する月までの分が支給され、毎年二月、四月、六月、八月、一〇月、一二月に、それぞれの前月までの分が支給される(共済組合法七五条一項、四項本文)。本件においては、被告から、給付事由がなくなった旨の主張がなされていないから、本件口頭弁論終結時である平成一〇年九月三〇日には、同年八月分ないし九月分(いずれも一か月分は一一万五五八二円(一円未満切り捨て))の合計二三万一一六六円は支給を受けることが確定していたということができる。

そうすると、原告田中和夫が既に支給を受けた一八四万九三三二円に、支給を受けることが確定していた二三万一一六六円を加えた合計二〇八万〇四九八円を、原告田中和夫の損害残額一〇六六万二八〇九円(一円未満切り捨て。自賠責保険金を差し引いた原告らの損害残額二一三二万五六一九円に、原告田中和夫の相続分である二分の一を乗じた額)からさらに控除することになるから、原告田中和夫の損害残額は、八五八万二三一一円となる。

これに対し、被告らは、少なくとも、平成一一年四月までは、現実に履行された場合と同視し得る程度に存続及び履行が確実であると主張する。しかし、平成一〇年一〇月分以降は、本件口答弁論終結時においては、いまだ支給が確定していたとはいえないのであるから、現実に履行された場合と同視し得る程度に存続及び履行が確実であるとはいえない。したがって、被告らの主張は採用できない。

六  原告萩原節代、原告田中一郎及び原告米澤博子の損害残額

一ないし四の損害総額から自賠責保険金を差し引いた損害残額二一三二万五六一九円に、原告萩原節代、原告田中一郎及び原告米澤博子の相続割合各六分の一を乗じると、損害残額は、各三五五万四二六九円となる。

七  弁護士費用(請求額合計六九三万円) 合計一九〇万円

(原告田中和夫 八五万円、原告萩原節代、原告田中一郎及び原告米澤博子 各三五万円)

本件における認容額、審理の内容及び経過等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告田中和夫は八五万円、原告萩原節代、原告田中一郎及び原告米澤博子は各三五万円を認めるのが相当である。

第四結論

以上によれば、原告らの請求は、不法行為による損害金として、原告田中和夫に対して九四三万二三一一円と、原告萩原節代、原告田中一郎及び原告米澤博子に対しては三九〇万四二六九円と、これらに対する平成九年三月七日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 山崎秀尚)

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